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マタイの福音書26:36~44

2014年1月19日(月)

Jesus said 「あなたの信じた通りになるように」 「何も思い煩わなくてもいい」 「勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです」 ディボーション聖句 マタイの福音書26:36~44 36 それからイエスは弟子たちといっしょにゲツセマネという所に来て、彼らに言われた。「わたしがあそこに行って祈っている間、ここにすわっていなさい。」 37 それから、ペテロとゼベダイの子ふたりとをいっしょに連れて行かれたが、イエスは悲しみもだえ始められた。 38 そのとき、イエスは彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、わたしといっしょに目をさましていなさい。」 39 それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」 40 それから、イエスは弟子たちのところに戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ、ペテロに言われた。「あなたがたは、そんなに、一時間でも、わたしといっしょに目をさましていることができなかったのか。 41 誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」 42 イエスは二度目に離れて行き、祈って言われた。「わが父よ。どうしても飲まずには済まされぬ杯でしたら、どうぞみこころのとおりをなさってください。」 43 イエスが戻って来て、ご覧になると、彼らはまたも眠っていた。目をあけていることができなかったのである。 44 イエスは、またも彼らを置いて行かれ、もう一度同じことをくり返して三度目の祈りをされた。

[聖句メッセージ] 昨日の続きです。 36節

 『ゲッセマネ』とは、エルサレムのオリーブ山の北西側にあった地名。また「ゲッセマネ」はオリーブの木が多く植えられた庭園風の場所だったために「ゲッセマネの園」とも言われていました。  主イエスは最後の晩餐の後、三人の弟子たち連れて、祈るためにゲッセマネの園に来られたのです。

36~37節

  • ローマ信徒への手紙12:12 『望みを抱いて喜び、患難に耐え、絶えず祈りに励みなさい。』

  • 第一コリントの手紙14:15 『わたしたちは、どうすればよいのでしょう。私たちは霊において祈り、また知性においても祈りましょう。また、わたしたちは霊において賛美し、また知性においても賛美しましょう。』

  • コロサイの手紙4:2 『あなたがたは目をさまして、感謝をもって、たゆみなく祈りなさい。』

  • 第一ペテロの手紙4:7~8 『万物の終わりが近づきました。ですから、祈りのために、心を整え身を慎みなさい。何よりもまず、互いに熱心に愛し合い、祈りなさい。愛は多くの罪をおおうからです。』

 このようにBibleは、まるで、神と対話するかのように みことばと向き合い、また、神と親しく会話するように、みことばを思考しながら、昼も夜も、絶えず祈りに励むようにと教え勧めます。なぜなら、聖書は、神との会話、みことば思考と対話なくしては、神の偉大な御力と奇跡は任されないと説くからです。

  • マタイの福音書18:19~20 主イエスは言われた。『まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうち二人がどんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。二人でも三人でも、わたしイエスの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。』

 主イエスは、神の御子そのものであるために、たった一人で神の奇跡や御声を引き出せました。しかしこの時、わざわざ、(ゼベダイの子の)使徒ヤコブと使徒ヨハネや、使徒ペテロの三人を連れて行き、皆で心を一つにして祈る、祈祷会の重要性を教え説かれたのです。

38~41節

  • 使徒の働き2:42~43 『主イエスを信じた人々は使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、いつもお祈りをしていた。すると、一同の心に神への恐れが生じ、神の使徒たちによって多くの不思議としるしが行われるようになった。』

 このようにBibleを読むと、神の不思議や数々の奇跡を生み出せる教会とは、聖職者のみことばの教えを堅く守ろうとする 素直な仲間たちが、定期的に集まって祈祷会をしていたことが分かります。 祈るためにだけ、わざわざ仲間たちが集まれる教会に、神の奇跡としるしは多く任されるのです。胸に書き記して下さい。

 主イエスは使徒ペテロたちに、心一つに祈るように命じましたが、彼らは一時間も経たないうちに、眠り込んでしまいました。  使徒ペテロたちは、自分たちの願い事を中心に、ただ、いつものように言いたいように 祈ったたげだったので、一時間も祈ることができずに、場か持たず、眠りこけてしまったのです。

41~44節

 「祈り」とは、言いたいことや願い事だけを 一方的に語るだけのことではありません。  「祈り」とは、Bibleのみことばを深く黙想したり、思考しながら

  • 今、神は私に何を語ろうとしているのか

  • そして、これから自分は何を考え、何を改めて、何をすべきなのか

  • また、どう祈り、そして、誰のために祈り備えれば良いのか

 など、神からのインスピレーションや、具体的な知恵、解決策や方向性を探し出す、霊の格闘にもなるのです。

  • マタイの福音書22:37~38 『イエスは言われた。「心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」これが一番大切な聖書の戒めです。』

 このように祈りで大切なのは、集中力です。

 あなたに与えられる、神からのインスピレーションと具体的な方向性と知恵に期待します。

 AMEN

(祈り)  主なる神様、皆を聖霊に満たし、神との祈りに集中できる力と時間を与え、時には 仲間たちと祈るために集まれるようにして下さい。そうすれば 皆に、神の奇跡や不思議が多く現れ出すからです!  主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!!

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