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マタイの福音書23:23~39

2015年1月5日(月)

Jesus said 「あなたの信じた通りになるように」 「何も思い煩わなくてもいい」 「勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです」 ディボーション聖句 マタイの福音書23:23~39 23 わざわいだ。偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちは、はっか、いのんど、クミンなどの十分の一を納めているが、律法の中ではるかに重要なもの、正義とあわれみと誠実を、おろそかにしているのです。これこそしなければならないことです。ただし、十分の一もおろそかにしてはいけません。 24 目の見えぬ手引きども。ぶよは、こして除くが、らくだは飲み込んでいます。 25 わざわいだ。偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちは杯や皿の外側はきよめるが、その中は強奪と放縦でいっぱいです。 26 目の見えぬパリサイ人たち。まず、杯の内側をきよめなさい。そうすれば、外側もきよくなります。 27 わざわいだ。偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちは白く塗った墓のようなものです。墓はその外側は美しく見えても、内側は、死人の骨や、あらゆる汚れたものがいっぱいです。 28 そのように、おまえたちも外側は人に正しく見えても、内側は偽善と不法でいっぱいです。 29 わざわいだ。偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちは預言者の墓を建て、義人の記念碑を飾って、 30 『私たちが、父祖たちの時代に生きていたら、預言者たちの血を流すような仲間にはならなかっただろう』と言います。 31 こうして、預言者を殺した者たちの子孫だと、自分で証言しています。 32 おまえたちも父祖たちの罪の目盛りの不足分を満たしなさい。 33 おまえたち蛇ども、まむしのすえども。おまえたちは、ゲヘナの刑罰をどうしてのがれることができよう。 34 だから、わたしが預言者、知者、律法学者たちを遣わすと、おまえたちはそのうちのある者を殺し、十字架につけ、またある者を会堂でむち打ち、町から町へと迫害して行くのです。 35 それは、義人アベルの血からこのかた、神殿と祭壇との間で殺されたバラキヤの子ザカリヤの血に至るまで、地上で流されるすべての正しい血の報復がおまえたちの上に来るためです。 36 まことに、おまえたちに告げます。これらの報いはみな、この時代の上に来ます。 37 ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者。わたしは、めんどりがひなを翼の下に集めるように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった。 38 見なさい。あなたがたの家は荒れ果てたままに残される。 39 あなたがたに告げます。『祝福あれ。主の御名によって来られる方に』とあなたがたが言うときまで、あなたがたは今後決してわたしを見ることはありません。」 [聖句メッセージ] 本日でマタイの福音書23章は終わりです。

23節

  • マタイの福音書22:37~40 『イエスは彼に言われた。「心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」これが一番たいせつな戒めです。「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」という戒めも、それと同じようにたいせつです。聖書のみことばの律法全体と預言とが、この二つの戒めにかかっているのです。』

  • ヨハネの福音書14:15 主イエスは言われた。『もしあなたがたが主を愛するなら、あなたがたはわたしのみことばの戒めを守るはずです。』

 イエスの言うように、パリサイ人たちは月収の十分の一の献金、献品や慈善奉仕活動は、しっかりと、やりこなしていました。事実 彼らは、その神からの報いを受けて、国の重要人物にまで出世していたのです。  しかし、主イエスは彼らを偽善者と呼びつけました。なぜでしょうか?  パリサイ人たちは、自らの敬虔な礼拝生活や、慈善に繋がる献金や奉仕活動を自慢していましたが、聖書で一番大切だと教えている人を救う愛の活動と、真理を行い人の模範を示す正義や誠実を怠っていたからです。また、パリサイ人たちは自分の過ちや罪は隠しつつも、他人の罪や過ちを指摘して差別していたからです。  あなたは、周囲の仲間たちの模範的な人生を築けていますか?  聖書は、あなたが 模範を示してあげなければ、周囲への神の御業や奇跡は限定されてしまうと忠告しています。

 もし、あなたに大切な人とビジョンや願い事があるのならば、目を醒まして、Bibleの通り良き管(とおりよきくだ)に徹してみることが大切なのです。  一方で、主イエスは、パリサイ人たちに神と人の為になる献金や献品、奉仕活動は素晴らしいことなので、継続するようにとも付け加えました。

 このことから看取できるように、主イエスはあなたの罪と過ちは正そうとされますが、あなたの全てを否定することは成されないのです。

24~27節

  • マタイの福音書7:21 主イエスは言われた。『わたしに向かって、「主よ、主よ」と言う者がみな天の御国に入るのではなく、天におられるわたしの父のみことばを行う者が入るのです。』

 主イエスは、パリサイ人たちのように、自分の罪、過ちを隠すような二重生活や、敬虔なクリスチャンの真似事とご利益宗教に走らないように、忠告してくれたのです。  Bibleは、神とは愛そのものだと、教え説きます。大切な家族と仲間を一人でも多く救おうとする愛力と、神を愛する手段とみなされる、みことばの表現生活を怠らないことが、重要なのです。  今のあなたの実生活が 神の愛と御心から程遠くても、また、パリサイ人たちのような二重生活であったとしても、決してあきらめてはなりません。なぜなら、主イエスの十字架は、同じ過ちを繰り返すあなたに(私たちに)、何度も何度もチャンスを与え続けてくれるからです。

28~35節

  • ルカの福音書11:49 主イエスは言われた。『だから、神の知恵もこう言いました。「わたしは預言者たちや使徒たちを彼らに遣わすが、彼らは、そのうちのある者を殺し、ある者を迫害する。」』

 主イエスはパリサイ人たちのような偽善者たちは、主のみことばの働き人たちを無視して、迫害したり、殺す者も表れると預言しました。  実際に、二重生活の信仰者であったパリサイ人たちは、先祖代々から、神の預言者たちを迫害してきたのです。

36~38節

  • ヘブル人への手紙10:30 『私たちは、「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする」、また、「主がその民をさばかれる」と言われる方を知っています。』

  • 出エジプト記23:22 神は言われた。『もし、あなたがみことばに確かに聞き従い、わたしが告げるみことばを ことごとく行うなら、わたしはあなたの敵には敵となり、あなたの仇には仇となろう。』

 あなたは、JesusFamilyたちが語るみことばや救霊活動を妨げたり、非協力的なことをしていませんか?

 それだけは避けるべきです。なぜなら、Bible&Jesusは、パリサイ人たちのように、神のみことばの働きを妨げたり、ただ、ケチをつけて非協力的になり過ぎてしまうと、結果、神を敵に回すことになると、ハッキリ忠告するからです。

  • 第二テモテの手紙4:2~3 『みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。というのは、人々が健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを言ってもらおうとする、真理からそれて行く時代がくるからです。』

  • 第一ヨハネの手紙4:16 『私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。』

  • ヤコブの手紙2:26 『行いのない信仰は、死んでいるのです。』

 このように聖書は、もしあなたが神からの愛と救いのメッセージを伝えなければ、周囲の人々は不幸な思いをしてしまうと、預言しています。非常に残念ですが、聖書はそう預言するのです。  絶対に、周囲の仲間たちを愛して、救ってあげて下さい。決して、難しいことはありません。ただただ、主イエスの十字架のみことばの愛を行動に移すだけで、あなたの神様は大きな御業を施されるからです。  あなたに現れる愛に満ちたJesus信仰と勇気ある生き様に期待します。AMEN

(祈り)  主なる神様、皆を聖霊に満たし、パリサイ人たちのような偽善者にさせずに、ただただ、主イエスの愛と救いのメッセージを 周囲に滞りなく証しできる、模範的な人生を歩めるようにして下さい。そうすれば 皆、大きな神の御業を引き出せるからです!

 主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!!

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