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マタイの福音書21:14~17

2014年12月27日(土)

Bible said 『主の教えを喜びとし、昼も夜もその教えを口ずさむ人は、何をしても栄える』 『心を尽くして主に拠り頼め。 自分の悟りにたよるな』 『幸いなことよ。神の知恵を見いだす人は』

ディボーション聖句

マタイの福音書21:14~17 14 また、宮の中で、盲人や足のなえた人たちがみもとに来たので、イエスは彼らをいやされた。 15 ところが、祭司長、律法学者たちは、イエスのなさった驚くべきいろいろのことを見、また宮の中で子どもたちが「ダビデの子にホサナ」と言って叫んでいるのを見て腹を立てた。 16 そしてイエスに言った。「あなたは、子どもたちが何と言っているか、お聞きですか。」イエスは言われた。「聞いています。『あなたは幼子と乳飲み子たちの口に賛美を用意された』とあるのを、あなたがたは読まなかったのですか。」 17 イエスは彼らをあとに残し、都を出てベタニヤに行き、そこに泊まられた。

[聖句メッセージ]

昨日の続きです。

14節

  • マタイの福音書9:35 『イエスは、すべての町や村を巡って、会堂でみことばを教え、御国の福音を宣べ伝え、そこであらゆる病気、あらゆるわずらいをいやされた。』

  • マタイの福音書16:18~19 主イエスは言われた。『ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロ(岩)です。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデス(地獄)の門も教会には打ち勝てません。わたしは、あなたの立てる教会に天の御国のかぎを上げます。何でもあなたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたが地上で解くなら、それは天においても解かれています。』

 このようにBibleは、主イエスを信じて集まる人たちの神の宮(教会)は、見えずとも、神の国との直接的なパイプがあるために 奇跡的な癒しも起こりやすく、すべての霊的力も、その権威には打ち勝てないと、教え説きます。 主イエスの造られた教会制度のおかげで、神の国との太いパイプとコネクションが与えられたことも忘れないことです。  もし、あなたが神の味方と幸運を強めたいのなら、なんらかの形で主イエスの教会に繋がれば良いだけなのです。

  • マルコ福音書6:4~6 『イエスは彼らに言われた。「神の預言者が尊敬されないのは、自分の郷里、親族、家族の間だけです。」それで、そこでは何一つ力あるわざを行うことができず、少数の病人に手を置いていやされただけであった。イエスは彼らの不信仰に驚かれた。』

  • ヨハネの黙示録2:19 神様は言われた。『耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。』

 Bibleは、主イエスの教会から語られるBibleのみことばの預言を、あれこれ考え過ぎずに子どものように素直に信じる人にだけ、神の奇跡や癒しが起こると預言しています。 教会では、不完全な聖職者や未熟な仲間たちばかり見過ぎず、また裁かずに、その人々の背後に働かれる、神のみことばに耳を傾けることが大切なのです。なぜなら、みことばこそが神の力そのものだからです。

15~16節

 しかし、聖書のみことばをよく知っていたはずの律法学者や祭司長たちは、主イエスの教会から語られるみことばには素直になれず、逆に腹を立て、イエスの奇跡を見て、妬んでしまいました。  あなたは、教会の聖職者や、みことばを教え勧めてくれる仲間たちが語る真理に、素直な聞く耳を 傾けられていますか? または、律法学者たちのように、教会内で良い実を結んでいる人々と比較してしまい、聖職者や仲間たちを見て、どこかで妬んでいませんか?  よくよく、吟味することです。なぜなら 律法学者と祭司長たちは、みことばを深く知っていたはずなのに、人と比較して意固地になり、何よりも大切な救霊の使命と愛には冷えてしまったために、Bible&Jesusの語られるみことばをほとんど悟れず、それどころか、歴史に残るほどの大失敗を犯してしまったからです。

 主イエスは、教会に集められた人々が 比較し合うことをやめて、同じBibleのみことばで、素直に心一つに祈れるのならば、神の奇跡や癒しを引き出せると約束してくれました。  神の働きを邪魔するような律法学者にならぬように、そして、みことばの通り良き管(とおりよきくだ)になれるように、できる限り、ベストを尽くしてみることです。そうすれば、あなたに必要な神の奇跡と癒しは起こり得るからです。

  • マタイの福音書8:13 『それから、イエスは言われた。「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」すると、ちょうどその時、その人はいやされた。』

 このようにバカになるほど、Bible&Jesusを信じる者だけに、神の奇跡と驚くほどの癒しは表れます。信じる者だけが報われるのです。

17節

 主イエスは、エルサレムの神の宮で みことばを宣べ伝え、多勢の癒しのために祈り終えられると、疲れ果ててしまい、一人で静かに祈るために、エルサレム近郊の町・ベタニヤに行き、そこで一泊しました。人は皆、誰でも多忙になり過ぎると大切な心のあり方を見失いやすく、疲れ過ぎると心霊力も衰えやすくなります。  現在のあなたの状態はどうですか? そんな時は、このイエスのように孤独の時を大切に過ごし、自らを省みたり、思考をリセットすることに努めながら、神に祈ることが 早期的な精気回復、霊的充電に繋がるのです。

 孤独とは、実は寂しいだけの空間ではなく、神との大切な時間であり、祈りに集中できるチャンスでもあるのです。一秒たりとも、無駄にせず、またネガティブ思考にならぬように、目を醒まして生きることが大切なのです。

 あなたの孤独な時に与えられる、奇跡を呼び起こせるほどの神との親しき交わり(祈り)に期待します。

 AMEN

(祈り)  主なる神様、皆を聖霊に満たし、主イエスの教会から語られる みことばに、素直に、耳を傾けられるように助け導いてください。そして 主よ、皆が主イエスの教会内では心一つに祈り合い、また、孤独な時は神との親しい交わりが持てるようにも して下さい。そうすれば皆に、神の奇跡や癒しが表れ出すからです!

 主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!!

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