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マタイの福音書20:17~24

2014年12月23日(火)

Bible said 『主を恐れることは、知恵の初め。』 『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』 ディボーション聖句 マタイの福音書20:17~24 17 さて、イエスは、エルサレムに上ろうとしておられたが、十二弟子だけを呼んで、道々彼らに話された。 18 「さあ、これから、わたしたちはエルサレムに向かって行きます。人の子は、祭司長、律法学者たちに引き渡されるのです。彼らは人の子を死刑に定めます。 19 そして、あざけり、むち打ち、十字架につけるため、異邦人に引き渡します。しかし、人の子は三日目によみがえります。」 20 そのとき、ゼベダイの子たちの母が、子どもたちといっしょにイエスのもとに来て、ひれ伏して、お願いがありますと言った。 21 イエスが彼女に、「どんな願いですか」と言われると、彼女は言った。「私のこのふたりの息子が、あなたの御国で、ひとりはあなたの右に、ひとりは左にすわれるようにおことばを下さい。」 22 けれども、イエスは答えて言われた。「あなたがたは自分が何を求めているのか、わかっていないのです。わたしが飲もうとしている杯を飲むことができますか。」彼らは「できます」と言った。 23 イエスは言われた。「あなたがたはわたしの杯を飲みはします。しかし、わたしの右と左にすわることは、このわたしの許すことではなく、わたしの父によってそれに備えられた人々があるのです。」 24 このことを聞いたほかの十人は、このふたりの兄弟のことで腹を立てた。 [聖句メッセージ] 昨日の続きです。 17節

 主イエスは、世界人類の罪・咎・過ちを贖い、ご自分を信じる人々を 死から永遠に救い出すために、ただ、神のご計画とご自分の目的を成し遂げることをだけを思考して、エルサレムの十字架へと向かわれました。

  • 箴言16:4 『主はすべてのものを、ご自分の目的のために造り、 悪者さえもわざわいの日のために造られた。』

Bibleは、世界人類の全人生の神のご計画、すなわち、あなたのBestな道とそれに伴う思考力を授ける、人生の取扱説明書  Bibleを読み蓄えることで、無責任な周囲の雑音に惑わされず、本来のあなたらしさとブレない人生の目的を探ることです。求める人には、必ず与えられるからです。

  • 第一コリントの手紙9:24~27 『競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。 ですから、あなたがたも、賞を受けられるように、人生を走りなさい。また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは永遠に朽ちない、神からの冠を受けるためにそうするのです。ですから、私は決勝点がどこかわからないような人生の走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。私は自分のからだを打ちたたいて、みことばに従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためでもあります。』

 人生には、誰にでも終点があります。この終点の分からない人生、目的の定まらない人生ほど、虚しい人生はありません。人は皆、ただ生きて、死んでいくだけの存在ではないと、聖書は教え説くからです。 誰にでも、神のご計画、人生の意味と目的が与えられていると説くのです。 それを探し出すことが 人生の醍醐味であり、また、人生での試練となっているのです。  あなたの父なる神は...Bibleと教会や、信頼の置ける恩師の助言などを通して、神のご計画と人生の目的を掴めた人は、そのために、ただひたすら、人生の目標と終点を目指し、みことばで生活を律するようにと教え説いているのです。その積み重ねが、揺るがなき幸いを生み出せるからです。  生きる目的とビジョンが芽生えて、愛する家族や仲間たちさえ備わるのならば、人生は、そんなに困難なモノではないです。今のままで小さくまとまらず、Bibleと本気で向き合うことで、自らの思考の殻を打ちやぶり、目を醒まして生きることが大切だと、主イエスは教えたのです。  あなたに与えられる、恐れや不安を超越する人生の目的や夢と、深愛関係に期待します。

18~19節

  • 第一ヨハネの手紙4:18 『愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。』

 神のご計画と人生の目的、そして、愛する仲間たちを手に入れた 主イエスは、人生での迫害や十字架上で殺されて、世界人類の贖いの死を遂げることに対しての恐れなど、ありませんでした。 聖書の教える人生での苦しみとは、神に出会える恵みの時であり、死とは、永遠の新天地「天国」での人生の始まりです。胸に書き記して下さい。

20節

 『ゼベダイの子たち』とは元漁師で、実の兄弟である、12使徒のヨハネとヤコブ。

21節

 使徒ヨハネと使徒ヤコブの兄弟と、その母親は、主イエスに以下の頼みごとをしてきました。「主イエス様、私の息子の二人が、死後に天国に行った時は、どうか、あなたの神の御座の右と左に座らせて下さい。お願いです!どうか、そのような みことばの約束をお与え下さい!」

22節

  • ヨハネの福音書15:13 主イエスは言われた。『人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。』

 すると、主イエスはこう質問された。「あなたがたは、わたしのように神愛と隣人愛だけに生き、後に、人々を助け、救霊するために、その命を捨てることができますか?」  すると彼らは、こう答えた。「Amen。その覚悟でございます。」

23節

 するとイエスは、彼らに答えられた。「あるいは、あなたがたにも、わたしのように人を救う愛のために生きて、人を救うために死ねるかもしれません。しかし、天国でわたしの隣りに座れるのかを、決められるのは父なる神様だけなのです。もし、そう願うのなら、祈りつつ、ただ、命ある限りベストを尽くしなさい。」

24節

  • マルコの福音書4:20 主イエスは言われた。『良い地に蒔かれる人たちとは、みことばを聞いて受け入れ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人たちです。』

  • ヘブル人への手紙12:1 『こういうわけで、このように多くのキリストの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている信仰のレースを忍耐をもって走り続けようではありませんか。』

 そして、使徒ヨハネと使徒ヤコブの命がけの信念とビジョンを聞かされた、他の仲間たちの心霊と信仰は、燃え上がり出しました。 神が教会に集めた仲間たちとは、ただの親友・仲良しグループではなく、人生と信仰のレースを共走して、刺激し合いながらも、困った時こそ助け合う、大切なJesusFamilyなのです。  神の教会のJesusFamilyとの共走、助け合いなくして、神の最高な報いは引き出せません。  あなたに与えられる、永遠のJesusFamilyとの深愛関係に期待します。AMEN

(祈り)  主なる神様、皆の霊の目を開き、Bibleから神のご計画と生きる目的を悟らせ、真の夢とビジョンを掴ませて下さい。そして皆に、人生と信仰のレースを共走し合いながらも、心一つに祈れる深愛関係とJesusFamily関係を築かせて下さい。そうすれば 皆、神を味方につけらて、永遠にぶれない、幸いな人生を築けるからです!  主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!!

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