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マタイの福音書15:21~28

2014年12月5日(金)

Bible said 『主を恐れることは、知恵の初め。』 『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ ディボーション聖句 マタイの福音書15:21~28 21 それから、イエスはそこを去って、ツロとシドンの地方に立ちのかれた。 22 すると、その地方のカナン人の女が出て来て、叫び声をあげて言った。「主よ。ダビデの子よ。私をあわれんでください。娘が、ひどく悪霊に取りつかれているのです。」 23 しかし、イエスは彼女に一言もお答えにならなかった。そこで、弟子たちはみもとに来て、「あの女を帰してやってください。叫びながらあとについて来るのです」と言ってイエスに願った。 24 しかし、イエスは答えて、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外のところには遣わされていません」と言われた。 25 しかし、その女は来て、イエスの前にひれ伏して、「主よ。私をお助けください」と言った。 26 すると、イエスは答えて、「子どもたちのパンを取り上げて、小犬に投げてやるのはよくないことです」と言われた。 27 しかし、女は言った。「主よ。そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。」 28 そのとき、イエスは彼女に答えて言われた。「ああ、あなたの信仰はりっぱです。その願いどおりになるように。」すると、彼女の娘はその時から直った。 [聖句メッセージ] 昨日の続きです。 21節 (21 それから、イエスはそこを去って、ツロとシドンの地方に立ちのかれた。)

 『ツロ』とは別名「ティルス」という町。また『シドン』は別名「サイダ」という町。この「ツロ」「シドン」は、現在のレバノン共和国に位置し、紀元前1000年頃には古代フェニキア人の主要都市として栄えていた大都市でした。

  • エレミヤ書25:22,27  神は預言者エレミヤに言われた。『「あなたは、ツロのすべての王たち、シドンのすべての王たちと、海のかなたにある島の王たちに、言え。」「イスラエルの神、万軍の主は、こう仰せられる。飲んで酔い、へどを吐いて倒れよ。起き上がるな。わたしがあなたがたの間に剣を送るからだ。」』

 このようにBibleは、かつては栄華を極めたツロとシドンの町は、人心、人命や純粋な神信仰を軽視し過ぎた為、そして、彼らは人生で一番大切な愛と真理よりも、自分勝手な快楽と不品行に走り過ぎた為、神様はツロとシドンの自由、繁栄、平和、すべての恵みを剥奪されたと、教え説きます。

 尚、現在のツロの町の跡地は、小さな集落があるだけで、古代遺跡だけが有名な場所になってしまいました。聖書はツロとシドンのように、大切なモノを見失った国々と大都市の繁栄と平和は長続きせずに、壊滅すると預言します。  神様は本当に大切なモノを 見失いそうな国、この愛する日本をより良く造り変えるために、あなたを選ばれました。聖書を読みながら 大切な真理を掴み、祈り備えることです。そして、日本はより良く生まれ変われると、信じ続けることが大切なのです。

22節 (22 すると、その地方のカナン人の女が出て来て、叫び声をあげて言った。「主よ。ダビデの子よ。私をあわれんでください。娘が、ひどく悪霊に取りつかれているのです。」)

  • 出エジプト記23:22~23 神は言われた。『あなたが、もし御声に確かに聞き従い、わたしが告げるみことばをことごとく行うなら、わたしはあなたの敵には敵となり、あなたの仇には仇となろう。わたしの御使いがあなたの前を行き、あなたをカナン人のところに導き行くとき、わたしはあなたの敵、カナン人を消し去ろう。』

 『カナン人』は...旧約聖書の歴史を読むと、いつも神に選ばれし民の敵となる民族であり、彼らは不道徳の象徴のように書かれています。カナン人の土着宗教である、バアル崇拝では、罪のない子どもをいけにえとして捧げる、野蛮な宗教儀式も行われていたのです。  今日の聖句は、真の神信仰に程遠かったカナン人の女が、主イエスのもとに、愛娘の助けと癒しを求めにやって来た箇所です。  尚、当時の悪霊に取り憑かれた病とは、原因不明の不治の病や原因不明の精神疾患などを意味しています。

23~24節 (23 しかし、イエスは彼女に一言もお答えにならなかった。そこで、弟子たちはみもとに来て、「あの女を帰してやってください。叫びながらあとについて来るのです」と言ってイエスに願った。24 しかし、イエスは答えて、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外のところには遣わされていません」と言われた。)

 Bibleは、主イエスが世界人類の全ての罪、咎、過ちのために、十字架上で死なれて、三日後に復活するまでは、イエスは神の選民・ユダヤ人だけの救霊と癒しの働きをする予定だったと、教え説きます。しかし、ユダヤ人ではないカナン人の女は、決してあきらめずに、ただただ、愛する娘の癒しのために、主イエスの奇跡を信じて祈り求め続けたのです。  彼女は弟子たちに相手にされずに、追い返されそうになっても、全くあきらめませんでした。  このように、あなたの神様は恐れ知らずの本物の愛心にも大きく動かれます。神のご性質は真の愛だからです。

25~27節 (25 しかし、その女は来て、イエスの前にひれ伏して、「主よ。私をお助けください」と言った。26 すると、イエスは答えて、「子どもたちのパンを取り上げて、小犬に投げてやるのはよくないことです」と言われた。27 しかし、女は言った。「主よ。そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。」)

  • マタイの福音書7:7~8 主イエスは言われた。『求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれであれ、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。』

  • ヤコブの手紙5:14~16 『あなたがたのうちに病気の人がいますか。その人は教会の長老たちを招き、主イエスの御名によって、オリーブ油を塗って祈ってもらいなさい。信仰による祈りは、病む人を回復させます。主はその人を立たせてくださいます。また、もしその人が罪を犯していたなら、その罪は赦されます。ですから、あなたがたは、互いに罪を言い表し、互いのために祈りなさい。いやされるためです。そういう義人の祈りは働くと、大きな力があります。』

 このようにカナン人の女は、自らの先祖カナン人全体と自分の罪と無知さは、ある意味で人間以下であったと省み、告白して、祈り求めたのです。聖書は、こういう、自分と家族や先祖の罪と過ちのゆるしを求められる人の祈りは、大きな神の奇跡を生むと預言するのです。

  • ローマ信徒への手紙2:10~11 『神の栄光と誉れと平和は、神の選民ユダヤ人をはじめ、神を知らない異邦人にも、善を行うすべての者の上にあります。神にはえこひいきなどはないからです。』

  • ローマ信徒への手紙10:9~13 『もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。聖書はこう言っています。「主イエスを信頼する者は、失望させられることがない。」ユダヤ人と外国人との区別はありません。同じ主が、すべての人の主であり、主イエスを呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。「主イエスの御名を呼び求める者は、だれでも救われる」のです。』

 娘への愛を堅く握り締めながら、以上のみことばを 真心から信じて、行動したカナン人の女の祈りは、神の奇跡を生み出します。以上のみことば聖句を胸に書き記すことです。

28節 (28 そのとき、イエスは彼女に答えて言われた。「ああ、あなたの信仰はりっぱです。その願いどおりになるように。」すると、彼女の娘はその時から直った。)

 そして、主イエスは言われました。「ああ、あなたの信仰はりっぱです。その願いどおりになるように。」そして、カナン人の娘は完全に癒されたのです。

  • 第1コリントの手紙1:18 『主イエスの十字架のみことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。』

  • 第1ヨハネの手紙4:18 『愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。』

 あなたの生き様と人間関係にも、カナン人の女のように神を感動させて奇跡を起こせる、立派な信仰力と恐れ知らずな全き愛力が現れることを期待します。

 AMEN

(祈り)  主なる神様、皆を聖霊に満たし、カナン人の女のような恐れ知らずの全き愛と立派な信仰力をお与えください。そうすれば 皆に、神の奇跡と癒しが現れるからです!  主イエスのお名前で期待して祈ります。AMEN!!!

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