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マタイの福音書12:22~32

2014年11月16日(日)

GOD said 『あなたは癒された』 『愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい』 『神は愛です』

『主のしもべは栄える』

ディボーション聖句 マタイの福音書12:22~32  22 そのとき、悪霊につかれて、目も見えず、口もきけない人が連れて来られた。イエスが彼をいやされたので、その人はものを言い、目も見えるようになった。 23 群衆はみな驚いて言った。「この人は、ダビデの子なのだろうか。」 24 これを聞いたパリサイ人は言った。「この人は、ただ悪霊どものかしらベルゼブルの力で、悪霊どもを追い出しているだけだ。」 25 イエスは彼らの思いを知ってこう言われた。「どんな国でも、内輪もめして争えば荒れすたれ、どんな町でも家でも、内輪もめして争えば立ち行きません。 26 もし、サタンがサタンを追い出していて仲間割れしたのだったら、どうしてその国は立ち行くでしょう。 27 また、もしわたしがベルゼブルによって悪霊どもを追い出しているのなら、あなたがたの子らはだれによって追い出すのですか。だから、あなたがたの子らが、あなたがたをさばく人となるのです。 28 しかし、わたしが神の御霊によって悪霊どもを追い出しているのなら、もう神の国はあなたがたのところに来ているのです。 29 強い人の家に入って家財を奪い取ろうとするなら、まずその人を縛ってしまわないで、どうしてそのようなことができましょうか。そのようにして初めて、その家を略奪することもできるのです。 30 わたしの味方でない者はわたしに逆らう者であり、わたしとともに集めない者は散らす者です。 31 だから、わたしはあなたがたに言います。人はどんな罪も冒瀆も赦していただけます。しかし、御霊に逆らう冒瀆は赦されません。 32 また、人の子に逆らうことばを口にする者でも、赦されます。しかし、聖霊に逆らうことを言う者は、だれであっても、この世であろうと次に来る世であろうと、赦されません。 [聖句メッセージ] 昨日の続きです。

22~23節 (22 そのとき、悪霊につかれて、目も見えず、口もきけない人が連れて来られた。イエスが彼をいやされたので、その人はものを言い、目も見えるようになった。23 群衆はみな驚いて言った。「この人は、ダビデの子なのだろうか。」)

  • ルカの福音書9:1~2 『イエスは、使徒たちを呼び集めて、彼らに、すべての悪霊を追い出し、病気を直すための、神の力と権威とをお授けになった。それから、神の国の救いを宣べ伝え、病気を直すためにも、彼らを遣わされた。』

  • 第二コリントの手紙12:7~9 使徒パウロは言った『私は、神様のあまりにもすばらしい啓示を受けたので、私が高ぶることのないようにと、神様から肉体に一つのとげである病を与えられました。それは私が高ぶることのないように、私を打つための、サタン(悪霊)の使いです。この病のことについては、これを私から去らせてくださるようにと、三度も主に祈り願いました。しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、あなたの弱さのうちに完全に現れるからである」と言われたのです。ですから、私は、キリストの神の御力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。』

 このようにBibleで...原因不明の病気、不治の病や精神的な病状には、サタン(悪霊)が 稀に関係したり、神の深いご計画が隠されていると教え説きます。全ての病と人の弱点には深い意味があるということです。Bibleを読みながら、病魔や自らの弱点と向き合うことです。そうすれば、使徒パウロのように神の深いご計画を知って気が楽になり、弱さだって誇れる強さを手に入れられるからです。あなたに与えられる、神の癒しとご意志に期待します。  そして聖書は、主イエスのお名前の権威とその祈りは、時に奇跡的な癒しを引き起こせると教え説きます。主イエスのお名前の権威を信じて、祈り続けられる者だけが、その奇跡的癒しや神のご計画を引き出せるのです。何事もあきらめないで、主イエスのお名前で祈ることが大切です。  Jesus信仰が、こうして世界中に広がった大きな要因の一つは、奇跡的な癒しだと言われています。世界初の西洋医学の医学部や病院を作ったのも、キリスト教組織なのです。あなたの主イエスは奇跡を呼ぶ、神からの癒し主。信じて、祈ればいいだけです。

  • イザヤ書53:5~6 『彼は、私たち人間のそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たち人間に平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされる。私たちはみな、羊のように人生をさまよい、おのおの、自分勝手な道に向かって生きていた。しかし、主は、私たちのすべての咎をを彼に負わせた。』

 このように、主イエスの十字架上の打ち傷と苦しみの意図は、あなたを癒して、救うためだったと、聖書は教えてくれます。主イエスはあなたを癒して、救うためにだけ、十字架上で血を流されたということです。信じる者は救われます。  またBibleで...あなたは病や精神的な苦痛で苦しむ、周囲の人々の為に祈る、愛の器として神様に任命されたと教え説いています。

 あなたの周囲に癒しの必要な人はいませんか?癒しの必要な人たちを探し出して、手を取り、祈ってあげて下さい。

  • ヤコブの手紙5:14 『あなたがたのうちに病気の人がいますか。その人は教会の長老たちを招き、主イエスの御名によって、祈ってもらいなさい。』

 そして、特に重病、原因不明の不治の病の人がいるのならば、主イエスの教会に招いて、牧師や教会の長老職者に祈ってもらうことです。その病人が、いつか奇跡的に、癒されるかもしれないからです。実は、私も原因不明の不治の病を癒された一人なのです。

  • ローマ信徒への手紙10:11 『聖書はこう言っています。「主イエスに信頼する者は、失望させられることがない。」』

 主イエスこそが、病魔で苦しむ人々の唯一の尽きぬ希望だと、聖書は説いています。

24~29節 (24 これを聞いたパリサイ人は言った。「この人は、ただ悪霊どものかしらベルゼブルの力で、悪霊どもを追い出しているだけだ。」25 イエスは彼らの思いを知ってこう言われた。「どんな国でも、内輪もめして争えば荒れすたれ、どんな町でも家でも、内輪もめして争えば立ち行きません。26 もし、サタンがサタンを追い出していて仲間割れしたのだったら、どうしてその国は立ち行くでしょう。27 また、もしわたしがベルゼブルによって悪霊どもを追い出しているのなら、あなたがたの子らはだれによって追い出すのですか。だから、あなたがたの子らが、あなたがたをさばく人となるのです。28 しかし、わたしが神の御霊によって悪霊どもを追い出しているのなら、もう神の国はあなたがたのところに来ているのです。29 強い人の家に入って家財を奪い取ろうとするなら、まずその人を縛ってしまわないで、どうしてそのようなことができましょうか。そのようにして初めて、その家を略奪することもできるのです。」)

  • マタイの福音書17:18 主イエスは言った『イエスがその子をおしかりになると、悪霊は彼から出て行き、その子はその時から直った。そのとき、弟子たちはそっとイエスのもとに来て、言った。「なぜ、私たちには悪霊を追い出せなかったのですか。」イエスは言われた。「あなたがたの信仰が薄いからです。まことに、あなたがたに告げます。もし、からし種ほどの信仰があったら、この山に、「ここからあそこに移れ」と言えば移るのです。どんなことでも、あなたがたにできないことはありません。」』

 このようにBibleは...悪霊が原因の不治の病や精神的な病状ならば、主イエスのお名前の権威と御ことば力だけを100%信じて頼るのなら、必ず、癒されると教え説きます。

 主イエスの奇跡と永遠の希望を選択するのか、それとも、完全とは言えない現代医学の診察だけを信じて、奇跡的な癒しを逃すかはあなたの心次第。しかし現実に、主イエスのお名前の奇跡は、世界中を駆け巡り、この日本にも伝わって来たのです。どんな歴史的名医よりも、主イエスの癒しの噂と明かしは有名な事実なのです。常識よりも、事実を受け入れるべきです。

30~32節 (30 わたしの味方でない者はわたしに逆らう者であり、わたしとともに集めない者は散らす者です。31 だから、わたしはあなたがたに言います。人はどんな罪も冒瀆も赦していただけます。しかし、御霊に逆らう冒瀆は赦されません。32 また、人の子に逆らうことばを口にする者でも、赦されます。しかし、聖霊に逆らうことを言う者は、だれであっても、この世であろうと次に来る世であろうと、赦されません。)

 主イエスは言いました『人は皆、どんな罪も冒瀆を犯したとしても、主イエスの十字架にすがり、反省して改めようとするのならば、神様に赦していただけます。しかし、神の御霊に逆らう冒瀆、すなわちBible&Jesusのことを 悪霊呼ばわりするのならば、決して赦されません。

 また、人の子イエスに逆らうことばを口にする者でも、後に十字架を信じて反省するのなら、その人は神様に赦されます。しかし、聖霊の語るBibleの御ことばに逆らうことを 平気で言う者は、だれであっても、この世であろうと次に来る世であろうと、決して、神様は赦しません。』  この主イエスの忠告を胸に書き記して、神様にゆるされる人生を終えて下さい。あなたに与えられる、永遠の希望力に期待します。

  • ローマ信徒への手紙3:10~12 『それは、次のように聖書に書いてあるとおりです。「義人はいない。ひとりもいない。すべてのことを悟れる人もいない。神を求め続けられる人もいない。すべての人が人生に迷い出て、みな、ともに無益な者となっている。真心からの善を行う人もいない。ひとりもいない。」』

 このようにBibleは、人は皆、不完全で、誰もが過ちを犯しやすいと説いており、結局、誰も大差などなく 人生に迷い、そして、これから先、どこに行こうとしているのかさえ、分からずに生きるしかないと教え説きます。  人間は皆、死を迎えなくてはならないという現実と、誰にでも限度や限界があるということを わきまえ知ることです。

  • ヨハネの福音書14:6 『イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父なる神様のみもとに来ることはありません。」』

 主イエスの十字架の救いとは、人間の限度と限界や死への恐れを覆い尽くす、神のLove&Powerそのものなのです。ただ 主イエスの十字架のことばを信じて、自らの人生を省みて祈るだけで、永遠の世界は開かれるということです。  あなたに与えられる、死をも恐れない 永遠の世界観に期待します。

 AMEN

(祈り)  主なる神様、皆を聖霊に満たし、霊の目を開かせて、見えない敵の存在と個々の病気の意味に気づかせ、主イエスのお名前の権威と祈りの効力を行使させて下さい。そうすれば 皆、主イエスのような奇跡的な癒しや、神の不思議と御声や御業を引き出せるからです!

 主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!!

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