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マタイの福音書12:1~8

2014年11月13日(木)

Jesus said 『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ』 『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』 ディボーション聖句 マタイの福音書12:1~8 1 そのころ、イエスは、安息日に麦畑を通られた。弟子たちはひもじくなったので、穂を摘んで食べ始めた。 2 すると、パリサイ人たちがそれを見つけて、イエスに言った。「ご覧なさい。あなたの弟子たちが、安息日にしてはならないことをしています。」 3 しかし、イエスは言われた。「ダビデとその連れの者たちが、ひもじかったときに、ダビデが何をしたか、読まなかったのですか。 4 神の家に入って、祭司のほかは自分も供の者たちも食べてはならない供えのパンを食べました。 5 また、安息日に宮にいる祭司たちは安息日の神聖を冒しても罪にならないということを、律法で読んだことはないのですか。 6 あなたがたに言いますが、ここに宮より大きな者がいるのです。 7 『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』ということがどういう意味かを知っていたら、あなたがたは、罪のない者たちを罪に定めはしなかったでしょう。 8 人の子は安息日の主です。」 [聖句メッセージ] 本日からマタイの福音書は12章です。

1節 (1 そのころ、イエスは、安息日に麦畑を通られた。弟子たちはひもじくなったので、穂を摘んで食べ始めた。)

  • 創世記2:1~3 『神は六日で天地万物を創造して、天と地とそのすべての万象は完成された。そして、神は第七日目に、なさっていたわざの完成を告げられた。すなわち第七日目に、なさっていたすべてのわざを休まれた。神は第七日目を祝福し、この日を聖日であるとされた。それは、その日に、神がなさっていたすべての創造のわざを休まれたからである。』

 このようにBibleは、あなたの神様は六日で、天地万物を創造してから、七日目に休まれたと教え説きます。だから、世界のカレンダーの日曜日は、安息の日を「聖日」として、神礼拝の為にも休日とされているのです。

 Bibleで、本来の日曜日は、全く仕事をせずに 神礼拝しながら、自らの人生と生活を省み、心霊体をリセットして、神様から聖霊力を充電する、癒しの聖日であると教えています。  信じるか、信じないかはあなた次第。しかし世界時間と暦は、聖書通り、神のご支配にある事実を忘れないことです。人は皆、週一回は神礼拝することで、自らの霊魂を休息する為に造られています。

 聖書は世界人類の一人一人が Bestな健康的な人生を築く為の『永遠の人生取扱説明書』。

 もし、あなたに永遠の幸福力と神からの休息が必要ならば、聖書の御ことばに耳を傾けて、何事もやり過ぎには注意することです。

  • 箴言1:19 『むさぼる者の道はすべてこのようだ。 こうして、主に与えられたいのちを取り去ってしまう。 』

 なぜなら、あなたの神様は、何事も休みなくやり過ぎる人や、片寄った生活習慣を築いている人の霊魂(聖霊力)は、必ず、衰退していくと忠告しているからです。  あなたに片寄った生活習慣はありませんか?

 この忙しいご時世、諸事情は理解出来ますが...人生はただ一度切り、出来る限り、片寄った生活習慣のバランスを祈り調整することです。

2節 (2 すると、パリサイ人たちがそれを見つけて、イエスに言った。「ご覧なさい。あなたの弟子たちが、安息日にしてはならないことをしています。」)

 『パリサイ人』とは、当時のユダヤ人社会の常識を形成していた宗教人、富裕層、権力者層の中心的存在だった人々。このパリサイ人たちは、旧約聖書の教えを厳格に守り行うユダヤ教徒達であり、彼らは不信仰者たちを差別して、全く 付き合おうとしない人々でもありました。「パリサイ」とは分離する者という意味。

 パリサイ人たちは独自の理想的な神様像を追い過ぎてしまったために、真のBible&Jesusの救いと教えを信じられませんでした。

 あなた独自の理想的な神様像はありませんか?  聖書は、根拠のない神様像を造ること程、危険なことはないと忠告します。毎日の御ことばから真の神様像を手に入れて、神の味方と幸運を呼び込むことです。  2節,パリサイ人たちは、主イエスの12弟子たちが 安息日に、農作業の仕事をしながら、その農作物を食べる姿を見て、ケチをつけました。『イエス先生、あなたの弟子たちを御覧なさい。今日は、仕事をしてはいけない安息日であるはずなのに、彼らは農作業の仕事をしていますよ。彼らは過ちを犯しています。』

3~4節 (3 しかし、イエスは言われた。「ダビデとその連れの者たちが、ひもじかったときに、ダビデが何をしたか、読まなかったのですか。4 神の家に入って、祭司のほかは自分も供の者たちも食べてはならない供えのパンを食べました。)

 これに対してイエスは、すぐにパリサイ人たちに言い返しました。

 『あなたがたが信じてやまない、旧約聖書の御ことばを思い出しなさい。わたしたちの信仰の父祖である、立派なダビデ王とその連れの者たちも、お腹を空かせて、どうにもならなかった時、神の礼拝堂に行って、祭司(神の働き人)しか食べてはならない、備え物のパンを食べたと書いています。』

5節 (5 また、安息日に宮にいる祭司たちは安息日の神聖を冒しても罪にならないということを、律法で読んだことはないのですか。)

  • 第二コリントの手紙12:28 『神は教会の中で人々を次のように任命されました。すなわち、第一に使徒、次に預言者です。』

 また、主イエスは付け足して、こう言われました。『また、わたしが任命した あの使徒たちは、神に選ばれた立派な使徒たちですよ。神の使徒たちは、安息日にあのような働きをして、神聖な物を食べても良いはずです。あなたがたは、神からの聖書の御ことばを勘違いしています。人を裁く暇があるのなら、聖書から自らを省み、聖書の御ことばを正しく学びなさい。』

 あなたは、このように毎日、神の知恵と聖霊力を養い蓄えるチャンスを頂きました。神からのチャンスを活かして下さい。  Bibleを信じて、真理を蓄える者は 必ず報われるからです。

  • ヨハネの黙示録22:18~19 神は言われた『わたしは、この聖書の預言の御ことばを聞くすべての者にあかしする。もし、これにつけ加える者があれば、神はこの書に書いてある災害をその人に加えられる。また、この聖書の預言書の御ことばを少しでも取り除く者があれば、神は、この聖書に書いてあるいのちの木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる。』

  • 第二テモテの手紙3:16 『聖書はすべて、神の霊感により書かれたものであり、人生の教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。』

 このようにBibleは、すべてが神の霊感によって書かれており、人が自分の都合で御ことばの内容を曲げたり、削ったりなどして、誤って解釈することは、非常に危険だと忠告します。しかしあなたは、大丈夫なはずです。なぜなら、日々、こうしてBibleメッセージを読み取っているからです。

 あなたに与えられる、不可能を可能にさせる神の糧、御ことば力に期待します。

6~8節 (6 あなたがたに言いますが、ここに宮より大きな者がいるのです。7 『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』ということがどういう意味かを知っていたら、あなたがたは、罪のない者たちを罪に定めはしなかったでしょう。8 人の子は安息日の主です。」)

  • 第二テモテの手紙4:2 『御ことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。』

  • マタイの福音書7:7 主イエスは言った『隣人をさばいてはいけません。神にさばかれないためです。』

 このように聖書は、隣人愛をもって、正しい真理を教え勧め合うことは素晴らしいことですが、決して、隣人を感情的に裁くことのないように、注意しています。なぜなら聖書は...人は皆、不完全な気分屋なので、他人を正しくジャッジすることなど、不可能だと説くからです。  人をゆるすとは、自らの心霊を自由に開放すること。ゆるす者は報われるのです。

  • ヨハネの福音書3:16~17 『神は、実に、そのひとり子イエスをお与えになったほどに、世を愛された。それは御子イエスを信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。神が御子イエスを世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子イエスによって世が救われるためである。』

 あなたの神様は、誰一人、裁かれずに助けるために、わざわざ、主イエスの十字架信仰のチャンスを与えてくれたのです。  あまり根拠のない独自の宗教論やこだわりを 一切捨てて、ただ、父なる神様に甘えるように、御ことばを信じればいいだけです。  あなたに与えられる永遠の救い、主イエスの十字架力に期待します。AMEN

(祈り)  主なる神様、皆に、Bible&Jesusの御ことばから、真の休息(安息)と聖霊力を増し加えて下さい。そうすれば、皆の生活習慣が変わり出し、不可能を可能にする主イエスの十字架力と御ことば力を引き出せるからです!  主イエスのお名前で、期待して祈ります。AMEN!!!

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