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マタイの福音書10:8~15

2014年11月3日(月)

Jesus said 『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ』

『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』 ディボーション聖句 マタイの福音書10:8~15

8 あなたがたは病人をいやし、死人を生き返らせ、ツァラアトに冒された者をきよめ、悪霊を追い出しなさい。あなたがたは、ただで受けたのだから、ただで与えなさい。

9 胴巻に金貨や銀貨や銅貨を入れてはいけません。

10 旅行用の袋も、二枚目の下着も、くつも、杖も持たずに行きなさい。働く者が食べ物を与えられるのは当然だからです。

11 どんな町や村に入っても、そこでだれが適当な人かを調べて、そこを立ち去るまで、その人のところにとどまりなさい。

12 その家に入るときには、平安を祈るあいさつをしなさい。

13 その家がそれにふさわしい家なら、その平安はきっとその家に来るし、もし、ふさわしい家でないなら、その平安はあなたがたのところに返って来ます。

14 もしだれも、あなたがたを受け入れず、あなたがたのことばに耳を傾けないなら、その家またはその町を出て行くときに、あなたがたの足のちりを払い落としなさい。

15 まことに、あなたがたに告げます。さばきの日には、ソドムとゴモラの地でも、その町よりはまだ罰が軽いのです。

[聖句メッセージ]

昨日の続きです。

8節 (8 あなたがたは病人をいやし、死人を生き返らせ、ツァラアトに冒された者をきよめ、悪霊を追い出しなさい。あなたがたは、ただで受けたのだから、ただで与えなさい。)

  • マタイの福音書4:23~24 『イエスはガリラヤ全土を巡って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民の中のあらゆる病気、あらゆるわずらいを直された。イエスのうわさはシリヤ全体に広まった。それで人々は、さまざまな病気や痛みに苦しむ病人、悪霊につかれた人、てんかんの人、中風の人などをみな、みもとに連れて来た。イエスと弟子たちは彼らをいやされた。』

 このようにBibleは...あなたは、周囲の病人と悩み苦しむ人々や、死の時を迎えようとしている人々を 主イエスのように励まして、祈り、救霊するために、神に選ばれていると教え説きます。この愛の使命を 信じて行う者に、神は大きく味方してくれると説くのです。

 神に与えられた 愛の使命は、お金では買えられない程の達成感と喜びが湧き上がってきます。

 もし、あなたの人生に 揺るがぬ誇りと達成感が 必要ならば、愛の使命も行ってみることです。Bible&Jesusの使命を行う者には、人知を越えた、神の報いが与えられるからです。

  • ヨハネの福音書14:12~16 主イエスは言った『まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしを信じる者は、わたしの行うわざを行い、またそれよりもさらに大きなわざを行います。わたしが父のもとに行くからです。またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。もしあなたがたがわたしを愛するなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです。わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。』

 このようにBibleは、主イエスを信じて 神の子とされた あなたが、神を愛して 御ことばの戒めを守りながら生活し続けると、いつの間にか、聖霊力に満ち溢れ出すようになり、主イエスが起こしたような神の癒し、奇跡や愛の御業を起こせるようになると、約束しています。それどころか、主イエスが起こされた 神の奇跡以上さえも、引き出せると約束しているのです。

 信じるか、信じられるかは あなたにお任せします。しかし、100%信じる者は、必ず報われると説くのです。

9~11節 (9 胴巻に金貨や銀貨や銅貨を入れてはいけません。10 旅行用の袋も、二枚目の下着も、くつも、杖も持たずに行きなさい。働く者が食べ物を与えられるのは当然だからです。11 どんな町や村に入っても、そこでだれが適当な人かを調べて、そこを立ち去るまで、その人のところにとどまりなさい。)

  • マタイの福音書6:31~34 主イエスは言った『そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。こういうものはみな、神を知らない異邦人たちが切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父なる神様は、それらが みな、あなたがたに必要であることを知っておられます。だから、神の国と神の義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あるからです』

 このようにBibleは...もし、あなたが Bible&Jesusの御ことばから教えられる、愛の使命と救霊活動を、本気で行う気があるのなら、あなたの仕事と奉仕活動は 神が味方することになるので、必ずうまくいくようになると、約束しています。

 あなたの全てのマイナス思考と悩み過ぎとは、あなたの人生を狂わす最大の敵です。今日から決別することです。

12~14節 (12 その家に入るときには、平安を祈るあいさつをしなさい。13 その家がそれにふさわしい家なら、その平安はきっとその家に来るし、もし、ふさわしい家でないなら、その平安はあなたがたのところに返って来ます。14 もしだれも、あなたがたを受け入れず、あなたがたのことばに耳を傾けないなら、その家またはその町を出て行くときに、あなたがたの足のちりを払い落としなさい。)

  • マタイの福音書5:9~11 主イエスは言った『平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。神の義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。わたしのために人々があなたがたをののしり、迫害し、ありもしないことで悪口を浴びせるとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。喜びおどりなさい。天国ではあなたがたの報いは大きいから。』

 このようにBibleは、もしあなたを嫌ったり、誤解したりして、攻撃する人が現れても、決して、心を乱さずに平和的に過ごしなさいと、教え勧めます。

 また、あなたが Bible&Jesusの愛の使命を行うことで、迫害されたり、悪口を言われるのなら 耐え忍び、むしろ、神の報いを待ち望むことで、喜び踊るように、神様に期待し続けなさいと、教え説くのです。

15節 (15 まことに、あなたがたに告げます。さばきの日には、ソドムとゴモラの地でも、その町よりはまだ罰が軽いのです。)

  • レビ記19:18 『復讐してはならない。人々を恨んではならない。あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい。わたしは主である。』

  • 申命記32:35~36 『復讐と報いをすることは、主なる神のもの。主は、主を信じる御民をかばい、主のしもべらをあわれむ。』

  • 出エジプト記23:22 『しかし、もし、あなたが御声に確かに聞き従い、わたしが告げる御ことばをことごとく行うなら、わたしはあなたの敵には敵となり、あなたの仇には仇となろう。』

  • ユダの手紙1:7 『また、ソドム、ゴモラおよび周囲の町々の人々は 好色にふけり、不自然な肉欲を追い求めたので、永遠の火の刑罰を受けて、みせしめに神様に滅ぼされています。』

 このようにBibleは、もし、あなたが御ことばを第一に生活して、ブレない平和を保とうとするのなら、主なる神様は、あなたに悪口、陰口、無視、嫌がらせなどして、迫害する人々に報復するとまで、約束しています。全ての物事をジャッジして復讐するのは、父なる神様の役割であるので、安心して平和を保ち、任せるように教え説くのです。信じる者だけが、全能の父なる神様を味方につけられるということです。

 あなたに与えられる、何が起きても平和な心霊力と、全能の父なる神様の不思議な助けに期待します。

 AMEN

(祈り)

 主なる神様、皆を聖霊に満たして、Bible&Jesusの御ことばから与えられる、愛の使命、奉仕を行わせて下さい。そして、皆に 何が起きても、平和を保てるHolySpritを与えて下さい。そうすれば、皆、いつも神を味方につけられる恐れなき人生に、変えられるからです!

 主イエスのお名前で期待して祈ります。AMEN!!!

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