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第二コリントの手紙8:14~21 (2014年9月9日(火))

Jesus said

「あなたの信じた通りになるように」

「何も思い煩わなくてもいい」

「勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです」 ディボーション聖句 第二コリントの手紙8:14~21

14 今あなたがたの余裕が彼らの欠乏を補うなら、彼らの余裕もまた、あなたがたの欠乏を補うことになるのです。こうして、平等になるのです。

15 「多く集めた者も余るところがなく、少し集めた者も足りないところがなかった」と書いてあるとおりです。

16 私があなたがたのことを思うのと同じ熱心を、テトスの心にも与えてくださった神に感謝します。

17 彼は私の勧めを受け入れ、非常な熱意をもって、自分から進んであなたがたのところに行こうとしています。

18 また私たちは、テトスといっしょに、ひとりの兄弟を送ります。この人は、福音の働きによって、すべての教会で称賛されていますが、

19 そればかりでなく、彼は、この恵みのわざに携わっている私たちに同伴するよう諸教会の任命を受けたのです。私たちがこの働きをしているのは、主ご自身の栄光のため、また、私たちの誠意を示すためにほかなりません。

20 私たちは、この献金の取り扱いについて、だれからも非難されることがないように心がけています。

21 それは、主の御前ばかりでなく、人の前でも公明正大なことを示そうと考えているからです。

[聖句メッセージ]

 昨日の続きです。

14節 (14 今あなたがたの余裕が彼らの欠乏を補うなら、彼らの余裕もまた、あなたがたの欠乏を補うことになるのです。こうして、平等になるのです。)

  • 詩篇29:11 『主は、ご自身の民に力をお与えになる。主は平安をもって、ご自身の民を祝福される。』

  • イザヤ書38:17 『ああ、私の苦しんだ苦しみは平安のためでした。あなたは、滅びの穴から、私のたましいを引き戻されました。あなたは私のすべての罪をあなたのうしろに投げやられました。』

  • ヨハネの福音書8:32 イエスは約束した『あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。』

  • マタイ福音書6:33~34 『だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、あなたのすべての必要は与えられます。だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。』

 このようにBibleは、主イエスの十字架信仰を持った人は皆、日々の御ことばと礼拝生活を生き様にできれば、不思議に全ての必要は満たされていき、尽きぬ平安と自由感と揺るがない精神的な余裕が獲得できると、約束してくれます。

 Bibleは、あなたの全必要を満たす神の不思議なパワーに溢れています。

 その真理を胸に刻み、期待して読むことが大切なのです。

  • 使徒の働き2:44~45 『信者となった者たちはみないっしょにいて、いっさいの物を共有にしていた。そして、資産や持ち物を売っては、それぞれの必要に応じて、みなに分配していた。』

 このマケドニア地区の教会のJesusFamilyたちは、日々、御ことばに基づいた生活を築けたために、精神的に、そして生活力にも揺るがない余裕が生まれ出していました。

 彼らは同情すべき事情のあった仲間たちには、まるで家族のように接して、心霊と生活のサポートまでしていたのです。

 もしあなたに、少しばかりの余裕が出来たのなら、人を励まし助けるために、できる限りの愛の労をすることです。困り人に与えられる者は、神に与えられるからです。

15節 (15 「多く集めた者も余るところがなく、少し集めた者も足りないところがなかった」と書いてあるとおりです。)

  • ルカの福音書6:38 主イエスは言った『与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。』

 このように、主イエスの御ことばと他人を思いやる愛心を大切にして、他人に何かを与えられる人は、神の大きな報いと隣人の尊敬や助けを手に入れられると、Bibleは約束しています。

 Bibleは、人は皆、所詮一人では生きていけず、神の許しと隣人の励ましと理解が必要だと説くのです。

 あなたの生活に少しばかりの余裕があるのならば、自欲ばかりに目を向けずに、隣人愛を重んじて、天に宝を積むことも大切に生活することです。

16~19節 (16 私があなたがたのことを思うのと同じ熱心を、テトスの心にも与えてくださった神に感謝します。17 彼は私の勧めを受け入れ、非常な熱意をもって、自分から進んであなたがたのところに行こうとしています。18 また私たちは、テトスといっしょに、ひとりの兄弟を送ります。この人は、福音の働きによって、すべての教会で称賛されていますが、19 そればかりでなく、彼は、この恵みのわざに携わっている私たちに同伴するよう諸教会の任命を受けたのです。私たちがこの働きをしているのは、主ご自身の栄光のため、また、私たちの誠意を示すためにほかなりません。)

  • ヨハネの福音書6:63 主イエスは言った『永遠のいのちを与えるのは御霊です。肉体は何の益ももたらしません。わたしがあなたがたに話した御ことばは、御霊であり、また永遠のいのちとなり変わります。』

  • ローマ信徒への手紙8:5~8 『肉欲に従う者は肉的なことをもっぱら考えますが、御霊に従う者は御霊に属することをひたすら考えます。肉体の思いは死であり、御霊による思いは、永遠のいのちと平安です。というのは、肉体の思いは神に対して反抗するものだからです。それは神の御業に服従しません。いや、服従できないのです。肉欲を大切にする者は神を喜ばせることができません。』

  • 第一コリントの手紙12:4 『さて、皆に与えられた賜物にはいろいろの種類がありますが、皆の御霊は同じ御霊であり、皆がひとつなのです。』

 この使徒パウロとテトスらの牧師たちと、マケドニア地区の教会のクリスチャンたちは、神から与えられた性格や才能が多種多様であり、個々に違いがありましたが、日々の同じ御ことばで理解し合い、チームプレイを大切に意識することで、御霊の一致をうまく計り、様々な主の働きに成功していました。なぜなら、神のカラダとなる教会とは、個人プレイでは神の御心とご計画を行えず、JesusFamily全員に与えられた御霊のご性質とは、ただ一つだからです。

 もし、あなたも神の御声を確認したいのなら、あなたの関わる教会からの御言葉メッセージに耳を傾けることが大切なのです。

 あなたに与えられる神の御声と御霊のパワーに期待します。

20~21節 (20 私たちは、この献金の取り扱いについて、だれからも非難されることがないように心がけています。21 それは、主の御前ばかりでなく、人の前でも公明正大なことを示そうと考えているからです。)

  • エペソの手紙4:11~13 『こうして、キリストご自身が、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を伝道者、ある人を牧師また教師として、お立てになったのです。それは、聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためであり、ついに、私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全におとなになって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです。』

  • 第一コリントの手紙3:9 『私たち牧師は神の協力者であり、あなたがたは神の畑、神の建物です。』

 このようにBibleは、主イエスの教会の牧師とは、主なる神様が直接的に導いて任命した、御ことばの真理、預言と約束を解き明かす神の協力者であり、主イエスの教会の監督者だと、教え説きます。

 教会の牧師や奉仕者たちは、あなたの関わる教会全体とその仲間たちの心霊を管理するために、神が指名した主の働き人だということです。

 もし、あなたが神の後ろ盾と味方を増し加えたいのならば、彼らと御霊の一致を計り、より良きチームプレイを意識することが大切なのです。

 信じる者は報われます。

  • 第二コリントの手紙1:24 『私たち牧師は、あなたがたの信仰を支配しようとする者ではなく、あなたがたの神の恵みと喜びのために働く協力者です。』

 もし、あなたが神の大いなる恵みと喜びを手に入れたいのなら、神の協力者と奉仕者たちと、できる限り一致しながら協力し合うことです。

 あなたに現れる神の働き人たちとのより良いチームプレイと、その報いとして与えられる神の大いなる奇跡と人生の尽きぬ喜びに期待します。

 AMEN

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